職業野球を追いかけて

引退・戦力外・自由契約になったプロ野球選手を紹介したり、トレードやドラフトなどの各種データを掲載するブログです。

歴代カムバック賞受賞者一覧 選手紹介(part1)

こんにちは!

 

中日の岩瀬仁紀が、カムバック賞を受賞しました!

ですが、カムバック賞とは一体どういうものなのでしょうか?

調べてみました!

 

カムバック賞とは「怪我や病気で長い期間離脱、もしくは不振で活躍できていなかったが、復活して活躍した選手」に送られる賞です。

 

今回の岩瀬仁紀選手は、2015年に登板がなく、2016年も15試合で防御率6.10と、この2年間は活躍できていませんでした。

 

しかし、今季は50試合に登板して、中継ぎ投手として試合を作り、6月には月間MVPを受賞する活躍を見せました。こうした活躍が評価されたようですね。

 

では、これまでの受賞者は誰なのでしょうか。紹介していきます。

 

歴代カムバック賞受賞者

年度 セ・リーグ   パ・リーグ  
1974 石岡康三 ヤクルト    
1975 安仁屋宗八 阪神    
1976 船田和英 ヤクルト    
1977 浅野啓司 巨人    
1978 野村収 大洋    
1979 三村敏之 広島    
1980 谷沢健一 中日 門田博光 南海
1981 藤田平 阪神    
1982        
1983        
1984 鈴木孝政 中日    
1985     村田兆治 ロッテ
1986 津田恒実 広島    
1987 杉浦享 ヤクルト    
  新浦壽夫 大洋    
1988 有田修三 巨人    
1989 西本聖 中日    
  中尾孝義 巨人    
1990 吉村禎章 巨人    
  遠藤一彦 大洋    
1991     小野和義 近鉄
      白井一幸 日本ハム
1992 伊東昭光 ヤクルト    
1993 川崎憲次郎 ヤクルト    
1994 彦野利勝 中日    
1995        
1996 加藤伸一 広島    
1997 伊藤智仁 ヤクルト    
1998 斎藤隆 横浜 西村龍次 ダイエー
1999 遠山奬志 阪神    
2000 種田仁 中日    
2001 成本年秀 阪神 盛田幸妃 近鉄
2002 前田智徳 広島    
2003 平井正史 中日    
  鈴木健 ヤクルト    
2004 小久保裕紀 巨人    
2005        
2006        
2007        
2008 平野恵一 阪神    
2009        
2010        
2011        
2012 大竹寛 広島    
2013        
2014        
2015 館山昌平 ヤクルト    
2016        
2017 岩瀬仁紀 中日    

 

石岡 康三(1974年)

石岡康三は、国鉄、サンケイ、ヤクルトで活躍した投手です。しかし、1972年に兼任コーチとなったあとの1973年は、わずか6試合の登板に終わってしまいました。ですが、翌1974年に、33試合で6勝5敗8セーブとリリーフで復活。見事、初代カムバック賞に輝きました。

安仁屋 宗八(1975年)

安仁屋宗八は、広島で活躍した投手です。しかし、1968年に23勝11敗の成績を残してからは、負け越すシーズンが続くなど、パッとしない成績が続きます。1974年には若生智男とのトレードで阪神へと移籍してしまいました。

 

しかしトレードで移籍した初年度の1975年に、66試合投げて12勝5敗7セーブ、防御率1.91の大活躍を見せました。この年は最優秀防御率賞と同時にカムバック賞をもらっています。

船田 和英(1976年)

船田和英は、西鉄で活躍した選手です。内野も外野も守れる選手として起用されていましたが、黒い霧事件と呼ばれる八百長騒動に関わっていたことを受けて、謹慎処分を受けてしまいます。その影響か成績も落ち、1971年には78試合で打率.179という低いものに終わってしまいました。そしてこの年のオフにヤクルトへとトレード移籍します。

 

移籍したあとも毎年100試合以上に出場しますが、打撃成績は伸びてきません。1975年には109試合で打率.216というものに終わってしまいました。

ですが、1976年に124試合出場して、自己ベストとなる打率.302と活躍。カムバック賞に輝きました。

浅野 啓司(1977年)

浅野啓司はサンケイ、ヤクルトで活躍した投手です。巨人キラーと呼ばれて活躍を続けていましたが、故障もあり、1975年、1976年は活躍を見せることができませんでした。

 

しかしトレードで、かつて得意としていた巨人に移籍すると、リリーフで活躍。9勝4敗1セーブ、防御率2.51の成績を残し、カムバック賞を受賞しました。

野村 収(1978年)

野村収は、大洋、ロッテ、日本ハムで活躍した投手です。1975年には最高勝率に輝いています。しかし、1977年は日本ハムで5勝10敗と成績が落ちてしまいました。するとオフに、かつて在籍した大洋にトレードで移籍します。

移籍した1978年には、17勝11敗で最多勝を獲得する活躍を見せて、見事カムバック賞に輝きました。

 

ちなみに野村収はのちに阪神へと移籍し、12球団から勝利を挙げるというプロ野球史上初の記録を達成しています。

三村 敏之(1979年) 

BBM ベースボールカードセット「さようなら、広島市民球場」 (BOX)

BBM ベースボールカードセット「さようなら、広島市民球場」 (BOX)

 

三村敏之は、広島で活躍した内野手です。渋い活躍をする選手でしたが、1976年には27本塁打を記録してパワーを見せました。

しかし、1977年は打率.239、1978年は打率.249と成績が落ちて、試合数も95試合に減ってしまいました。 

 

ですが、1979年は打率.288、12本塁打を放つ活躍を見せてカムバック賞に選ばれました。

谷沢 健一(1980年)

谷沢健一 (名球会comics)

谷沢健一 (名球会comics)

 

谷沢健一は中日で活躍した選手です。1976年には打率.355を記録して首位打者にも輝くなど、安打を量産するタイプの打者でした。

しかし、アキレス腱を痛めて1978年は70試合、1979年はわずか11試合と、選手生命の危機に陥ります。

 

そこから日本酒を患部に塗るという、独特の治療法を行い、復活。1980年は自己ベストとなる打率.369を記録して、首位打者に輝きました。また、ホームランも27本打っています。復活を果たした谷沢健一には、カムバック賞が送られました。

門田 博光(1980年)

門田博光は南海で活躍したホームランバッターです。1971年には打率.300、31本塁打、120打点の記録を残し、打点王に輝くなど活躍を続けました。

ところが、1979年の春キャンプでアキレス腱を断裂し、わずか19試合しか出場できなくなってしまいました。

 

ここから門田博光は「ホームランを打てば足に負担がかからない」と思い、ホームランに目覚めます。1980年は打率.292、41本塁打、84打点を記録して、見事な復活を遂げました。

 

まとめ

歴史があるカムバック賞ですが、受賞者の紹介はまだまだ続きます!

次の更新をお楽しみに。