職業野球を追いかけて

引退・戦力外・自由契約になったプロ野球選手を紹介したり、トレードやドラフトなどの各種データを掲載するブログです。

オールド・ルーキーの新人王-三瀬幸司

三瀬 幸司 みせ・こうじ
1976年3月11日生まれ 香川県出身
177cm 77kg
左投げ左打ち 観音寺一高-岡山理科大-NTT西日本中国野球クラブ-ダイエーソフトバンク(2004~2010)-
中日(2010~2014)
20170430223309

 

28歳という遅い年齢でドラフト7位入団。
一年目から最優秀救援のタイトルを獲得する活躍を見せ、新人王に選ばれた。 
左投げサイドスローから投じられる140km台後半くらいの速球とスライダーを武器とし、たまにシュートも投げていた。
スライダーの威力は高く、右打者の膝元に食い込むような変化が印象に残っている。
初芝の引退セレモニーの試合では初芝の足に当てていた)

ここまではよかったが、翌年は5月以後やや失点がかさむようになり、交流戦阪神・金本に頭部死球を与えたことをきっかけとして絶不調に。 
それ以降抑えの座を馬原に譲ることとなった。
ちなみに、この死球は相当心に残っていたようで、交流戦ライバル宣言では金本宛てに「頭部死球を与えてすみませんでした」といったような文章が毎年のように添えられていた。 

それ以降中継ぎで登板。
07年にはニコースキーの獲得により、登板は減ったが、06年よりはマシな成績に。
08年にはチームトップの登板数を記録した。 

09年は絶不調。左投手にも関わらず、左を抑えることができなかった。
いつからかわからないが、この年はフォークを多く投げている。
10年も不調が続くなかで、6月に清水将海とのトレードが決定。中日ドラゴンズへと移籍したが、そこでも結果は残せなかった。
また、フォークを投げる数が減少。

もうあとが無い11年だったが、この年は44試合に登板。
ようやく復活かと思われたが、12年は左肘の手術。
13年も肩を痛め、20試合の登板にとどまった。

14年に再起をかけたが、登板はわずか1試合。シーズン終了後に引退を表明した。
13年の成績はよかっただけに、肩の故障が残念。
ソフトバンクから中日にトレードされたあとの復活は見事だった。


※参考文献 Baseball Times『プロ野球プレイヤーズファイル2010』