職業野球を追いかけて

引退・戦力外・自由契約になったプロ野球選手を紹介したり、トレードやドラフトなどの各種データを掲載するブログです。

黒田博樹の専属捕手-倉義和

倉 義和 くら・よしかず
1975年7月27日生まれ 京都府出身
179cm 右投げ右打ち
京都成章京都産業大広島東洋カープ(1998〜2016)

※通算成績 719試合 打率.217(1564–339) 23本 126打点

 

石原慶幸と併用で使われていた捕手。高校時代は大家友和とバッテリーを組んだが、甲子園出場はなし。その後、京都産業大を経て1997年ドラフト5位で広島に入団。

入団後しばらくは2ケタの出場機会に留まり打率も1割台だったが、2005年に、前年135試合に出場していた石原が故障したことによりチャンスが舞い込む。開幕スタメンで出場すると、以降正捕手の座を死守。石原復帰後はスタメンから外れる時期もあったが、後半戦は再びレギュラーで出場した。

最終的にこの年は、自己最多となる109試合に出場。打率.210、本塁打4本の打撃成績だったが、盗塁阻止率がリーグ1位の.440と強肩を見せつけた。

これで正捕手の座をつかんだかに思われたが、2006年は石原と併用のシーズンに。この年は石原85試合、倉が84試合とほぼ同数の試合出場数。

この年以降も石原との併用が続いたが、黒田博樹が先発の際は倉がスタメンマスクを被ることが多かった。他にも高橋健など、特定の投手が登板する際に先発マスクを被ることがあり、信頼感の高さが伺えた。

だが、2007年に82試合出場したあとの2008年は48試合の出場に落ち込む。一方で石原は100試合以上出場するシーズンが増え、正捕手の座をつかんだ。

それなりに肩がよかったが、守備と打撃が若干石原よりも劣っていたことが、競争に負けた原因かもしれない。捕逸が多いのも痛かった。

2012年に石原が故障した期間にマスクを被り、70試合に出場したが打率.195、本塁打1本と打撃がいまいち。翌2013年からは再び出場数が減り、相方の黒田がNPBに復帰した2015年にはわずか1試合の出場に留まってしまう。

そして、NPBの捕手で最年長となった2016年は、二軍バッテリーを兼任するようになった。これは事実上、一軍には昇格しないということであり、戦力外通告に近い契約。実際、この年の一軍出場はなかった。

だが、一応雨天ノーゲームとなった9月25日の試合では引退試合ということで出場はしており、黒田と共にバッテリーを組んでいる。

そして、その黒田も日本シリーズを目前に控えた10月18日に引退を表明。最後まで二人は一緒だった。

引退後は二軍バッテリーコーチに専念することに。多田大輔や、磯村嘉孝らを指導する。