職業野球を追いかけて

引退・戦力外・自由契約になったプロ野球選手を紹介したり、トレードやドラフトなどの各種データを掲載するブログです。

楽天・久保が自由契約に…結果を残すも契約を結ばれない中継ぎ投手の苦悩

2人の苦労人が自由契約

 楽天は7日、久保裕也と宮川将と来季の契約を結ばない旨を発表した。

 久保は昨オフ、DeNAから戦力外通告を受け、テストを経て楽天に入団。今季は27試合に登板して3勝1敗、防御率3.60の成績を残していた。ここまで2年連続で自由契約となっていた苦労人だが、今季で3年連続で自由契約ということになった。

 また、宮川は昨季支配下登録に復帰したが、今季は一軍登板無し。育成枠で入団、支配下登録、故障により再び育成枠、支配下登録復帰と、めまぐるしく移動を続けた苦労人も、球団を去る事になった。

防御率2.61という成績で自由契約

 今季6月3日から、9月9日までの約3ヶ月に渡って中継ぎとして登板した久保だが、中継ぎとしてある程度結果を残しながらも戦力外となった選手は過去にも存在した。

 かつて巨人、ダイエーソフトバンク)、オリックスで活躍した吉田修司もその1人だ。

 吉田は1988年に巨人からドラフト1位指名を受けて入団。1994年途中にダイエーへと移籍し、1997年から2003年まで7年連続で40試合以上登板を果たした。2006年に自由契約となった後は、テストを経てオリックスに入団。

 2007年は36試合に登板して2勝0敗1セーブ、防御率2.61と活躍を見せたが、オフに自由契約となった。自由契約となった原因はいくつかあると見られるが、一つには吉田が40歳という高齢であったことも考えられる。

中継ぎの柱の左腕も

 1993年から2003年までダイエーでプレーした渡辺正和も、結果を残しながら戦力外通告を受けた中継ぎ投手の1人だ。

 渡辺は佐賀西高校から筑波大学東京ガスを経て1992年のドラフトでダイエーから5位指名を受けて入団。それでも活躍を見せることは出来ず、1999年までの7年間は53試合の登板に止まった。

 飛躍の時を得たのは2000年。中継ぎとして60試合に登板して6勝1敗、防御率2.54の成績を残すと、翌2001年も48試合に登板。左の中継ぎとしての地位を確立したかに見えた。

 しかし、2003年に46試合に登板して0勝1敗、防御率4.95の成績を残したが、オフに突然の戦力外通告。ある程度の結果を残しながらの自由契約に、驚いたファンも多かったが、こちらも年齢は37歳と高齢だった。

育成契約もありそう?

 “戦力外通告”。結果を残せなかった選手に襲いかかる言葉だが、ベテランの場合は、チームの若返りなど、様々な理由により突然降りかかってくることもある。久保も今季で37歳。年齢による事情もあったかもしれない。

 3年連続で自由契約となった久保だが、果たして来季はどうなるのか…。一部報道によれば、久保の戦力外通告はコンディション不良が原因であり、来季は育成契約を結ぶという話もあった。

 果たして来季の久保はどうなるだろうか。